大学卒業ということで小学校からの幼馴染たちとベトナム旅行に行ってきます。
5泊6日です
ハノイとダナンというところに行くのですが、正直何があるのかまったく持って知りません。
なので私のお目当ては、日本と比べて物価の安いベトナムでメガネを買っちゃおいーということです
前日の現在、喉の風邪を引いておりますがなんとか治して機嫌良く行って参りたいと思います。
人生で初めての事が今日は3回もあった
バイクの整備不良で警察に切符を切られる
電車内で人が嘔吐する瞬間を見る
電車内で「ここ〇〇駅ですか?」と聞かれる
人は優しくて暖かいなぁと思った。
なぜ整備不良がダメなのか必死に教えてくれる警察官
メガネをかけて本を読むおじさん。
30代になるかならないかくらいのオシャレお兄さん。
普通の女の子
それぞれの生き方が語られたり、表されたりする瞬間に出会えた事が幸せだと思ってみたりする
ひとつの事象に対し、何を思うかは人それぞれです。
派生の方向は似た人同士であっても多少ズレが生じるものです。
あなたの身近な人はあなたと同じ様な派生を描くでしょうから、お話をしていても共感できる事が多く楽しいでしょう。
しかし、これだから怖い部分もあります。
事象を良いふうに捉えるのも悪いふうに捉えるのも人が集まれば倍のスピードで伸びたり、大きくなったりします。
私たちは一体何のために生きているのでしょうか。
自らの幸せを感じるとともにできるだけ他人を傷つける事なく、生きていきたいとは思いますが、うまくやろうとし過ぎると自分自身が見えづらくなる側面もあります。
ありのままの自分を受け入れることと他人に分からせることには大きな違いがあって、両者自分に正直ではあるのですが、周りの人の幸せも考えられる人になるには多くの経験が必要かも知れません。
がんばります
生んでくれてありがとうの枕詞です。
大学生活の終わりを目前にし、様々の別れを日々味わっています。
私は今、心の奥底から「生まれてよかった。生んでくれてありがとう」と思っているのです。
とにかく毎日が楽しすぎるのです。
失われる日々を前提としているのにも関わらず、忘れてしまうのが私達ですが、失われる事が本当に目前になると必死になって今を楽しもうとするのですね。
自分を取り囲む誰も彼ものことを大切にしようと心がける様になりますし、自分自身も上機嫌でいられる様調整しようと努力します。
何でいつもこうではなかったのだろうと思うほど、自分の感情に敏感になり、人が発する意思表示を汲み取る力が強くなります。
あぁほんとに幸せな日々を生きています。
この感覚を忘れることなく、全てが失われる事が前提であるということを胸に刻み、日々を生きていきたいと思います。
アルバイト先のお別れ会が今日でした。
一軒目はお姉様方が予約してくれたお店です。
二軒目は友人の行きつけのバーでした。
こんなに幸せな時間があっていいのかと不安になるほどの時間が流れていました。
今までの自分の軌跡を辿るような話題が展開されていきます。
始めは〜だった。でも慣れて〜なった。今は〜だね。
様々な言葉を頂きました。
人はどう存在していても、その他の人々からの見え方がそれぞれ異なります。
どの人からも同じ見え方の人はいないのですね。
そういった考えを基に自己肯定力という言葉を用いて自分自身を愛そうと思います。
自分が何か息苦しさを感じている時、人に聞きたくなる言葉です。
またこの言葉を誰かに言われた時、その人は何かに悩んでいるのだなぁと気付く事ができます。
自分が聞いた側の時に、「今悩みはないですね。」と言われた時の寂しい事寂しい事。
しかし、自分が相手にこれを聞かれた時、同じように「今、悩みはないですね。」と答える時、新たな自分に気がつくことになります。
悩みが本当の意味で尽きることはないはずですが実際にその瞬間、何も答える事がなかったと言うことは一体どういうことなのでしょうか。
つまり、悩みがないと言うことは現状に満足しているのでしょうか。幸せであるということなのでしょうか。
そうして、また考え始めると、あれは悩みではないのだろうか、あの件はどうなのだろうかと様々の悩みの種が見つかっていきます。
あなたは今、悩みがあるでしょうか?
真面目に何事にも取り組んでいたとしても、誰かからお褒めの言葉を貰う事ができるのはそんなに頻繁にあることではありません。
しかし、大前提として褒められるためにしているわけではないのですからそれはそれで良いのですが、やっぱり褒めてもらえるとやる気が満ちます。
そして、何よりそんなあなたを見ている人は見ているのです。
あなたのその行動の積み重ねが信頼を積み重ね、ちょっとやそっとのことではびくともしない、人間関係を構築するはずです。
見ている人は見ているので安心して今のあなたを貫きましょう。
しかし、あまりにも丁寧が行き過ぎると時間を失ってしまう可能性があります。
何事もほどほどに。
そうやってバランスをとるあなたも誰かが見ています。